5月13日、世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルスが「猫から猫に感染拡大する可能性がある」とする研究結果が、米国科学雑誌「New England Journal of Medicine (NEJM)」のオンライン速報版で公表されました。東京大学医科学研究所の河岡義裕教授らの研究グループによるもので、このニュースをさまざまなメディアが取り上げると、瞬く間にSNS等で広がっていきました。この衝撃的なニュースは、猫の飼い主をはじめ、猫を取り巻く環境下にいる人々に大きな不安を与えています。
海外においては、これまでにも感染者と接触がある環境下においては、猫や猫科動物の陽性反応が確認されたとの報告が数件あがっています。また、最近の研究では、犬に比べて猫やフェレットは低レベルの感染が起きやすいという可能性も指摘され始めていて、さらなる検証が求められています。
しかし、陽性反応が確認されたとはいえ、その検査や検出方法などの詳細が不明瞭な部分もあり、「実際のところどうなの?」と誰もが思っていたことでしょう。では、新型コロナウイルスは、猫から猫へ感染拡大していくのでしょうか? 猫からヒトへの再感染はあるのでしょうか? 情報は日々変化していますが、これまでに報告されているいくつかの見解から、猫への感染について考察してみたいと思います。
新型コロナウイルスは「猫の呼吸器でよく増える」
今回、公表された研究は、新型コロナウイルスに感染した患者からウイルスを分離し、それを猫の鼻腔内に接種することで感染を促しています。その後、感染していない猫と同居させて、接触感染するかどうかを調べたものです。3ペアでの実験を行ったところ、すべてのペア間での感染が確認されたそうです。
また、新型コロナウイルスは、猫の呼吸器でよく増えること、接触感染によって猫の間で容易に感染伝播することが明らかになりました。「猫から猫に感染拡大する可能性がある」ということです。ただ、人とは違ってウイルスに感染した猫は明らかな症状を示さず、感染しても重症化する可能性は低いと見られています。なお、これまでに猫から人に感染した事例はなく、その可能性があるのかどうかはまだ不明としています。
この実験結果について、「あくまでこの結果は実験室での結果であり、通常の環境下で起こることを意味するものではない」との否定的な見解を示しているのが、全米医学協会の専門家です。確かに猫の鼻腔内へウイルスを接種し、人為的に感染をさせています。そこから猫の呼吸器でウイルスが増殖することや同居猫にも感染することは確認されましたが、通常の環境下で容易に感染が起こり、さらに拡大するのかどうかは、この実験ではまだわからないということなのです。
米国の動物検査ラボIDEXX社の検体はすべて陰性
前述の実験が否定的に捉えられる背景には、米国IDEXX社が行っている検証データの存在があります。動物臨床検査などを業務とするこのラボでは、新しい動物用の新型コロナウイルス検査(PCR検査)をいち早く確立させました。本年2月14日~3月12日にかけて、調査の一環として、通常の環境下にいる3500以上の犬猫及び馬の検体(犬55%、猫41%、馬4%)を検証しましたが、すべて陰性であったと公表しています。また、症状が疑われる犬・猫50の検体も検証しましたが、こちらもすべて陰性。5月26日現在でも、このラボにおいての陽性反応の報告はありません。
この検証結果は、新型コロナウイルスは人から人へ感染するという専門家の見解と一致しており、犬猫等における新型コロナウイルス検査は推奨しないとしています。そして万が一、犬猫等に呼吸器症状が見られた場合には、一般的な呼吸器疾患の病原体を検査するよう獣医師に伝えているそうです。
米国の著名な獣医学、公衆衛生専門家らは、これらのデータから総合的に判断した上で、「通常の環境下で犬猫等への感染が起こる可能性は低い」「犬猫等が感染源になる可能性はさらに低い」との見解を示しています。各国からの陽性反応の報告がありますが、少なくとも現時点では、人獣共通感染症とは考えていないことが伺えます。しかし、まだ新型コロナウイルスの全容解明には至っていないため、さらなる調査が必要であるとしています。
2020年4月22日には、米ニューヨーク州の猫2匹から陽性反応が確認されたと米国疾病管理予防センター(CDC)が公表しました。しかし、感染は世界中でごく少数の動物での報告であること、また、主に感染した人と密接に接触した動物での報告であるため、以下のような見解を示しています。
米国において、ペットがウイルスを拡散させる役割を果たすという証拠はありません。したがって、コンパニオンアニマルの福祉を損なうような対策を講じる正当な理由はありません。ペットを含むさまざまな動物が影響を受けるかどうか、またどのように影響を受ける可能性があるかを理解するには、さらなる研究が必要です。
現時点では、こちらも人獣共通感染症とは考えていないことがうかがえます。そのうえで、新型コロナウイルが全容解明されるまでの万が一の予防対策として、ペットを家外の人やほかの動物と接触しないように呼び掛けています。そのほか、「COVID-19」「動物のよくある質問」「ペットを飼っている場合」など、新型コロナウイルスに関わる情報を細かく公表しています。
そんな中、オランダのミンク養殖場で数頭のミンクが新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に陽性反応を示し、数人の飼育員が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の症状を示したという発表がありました。当初は飼育員がミンクにウイルスを感染させたと考えられていましたが、その後、ゲノム配列を比較解析したところ、ミンクからヒトへの感染が発生した可能性があることが示唆されました。
しかし、5月29日にWSAVA(世界小動物獣医師会)が出した勧告では、このような状況でも現段階で感染のルートを証明することは困難であり、人獣共通感染を証明するためにはさらなる検証が必要であるとしています。
厚生労働省と日本獣医師会の見解
現時点で、日本国内での犬や猫等の感染の報告はなく、また、動物の新型コロナウイルス検査も行っていません。そのため、海外からの動物の感染報告を受けて、厚生労働省や日本獣医師会が見解を示しています。
厚生労働省は、「新型コロナウイルスは主に発症した人から人への飛沫感染や接触感染により感染することがわかっており、現時点で動物での感染事例はわずかな数に限られています」として、人から動物への感染や動物から人への再感染の可能性は低いことを示唆しています。しかし、動物由来感染症の予防のため、動物との過度な接触は控えると共に、普段から動物に接触した後は、手洗いや手指用アルコールでの消毒を行うようにと注意喚起しています。
また、日本獣医師会は5月1日に「愛玩動物と新型コロナウイルス感染症について」を公表し、海外のいくつかの報告事例から「愛玩動物から人に感染する危険性はない」との見解を示しています。しかし、状況によっては人から動物に感染する可能性があるため、万が一に備えて飼い主がしっかりと感染防御の対策をとることを推奨しています。その後、5月26日現在に至るまで内容の更新はありません。
どちらも、感染者と接触がある環境下での動物への感染の可能性はあるが、通常の環境下で動物から動物への感染が拡大する可能性、さらに動物から人へ再感染する可能性は低いと考えていることがうかがえます。
猫の飼い主は冷静に対応を
新型コロナウイルスはまだその全容解明がなされていないため、その情報も日々変化しています。猫との関係性についても、まだ不透明な点が多く、通常の環境下で容易に感染するのか、猫から猫へ感染が拡大するのか、猫から人へ再感染するのかは判断ができません。前述のそれぞれの見解も現時点でのものです。そのため、飼い主は日々の更新情報を注視しながら、冷静に対応をしていくしかありません。万が一の愛猫への感染を避けるために、飼い主が今できることはどんなことでしょう。
●帰宅時はすぐに手洗いうがいをする
愛猫が完全室内飼育であれば、新型コロナウイルスを持ち込む可能性があるのは飼い主ということになります。外出すれば飛沫感染や接触感染の可能性がありますので、まずは飼い主自身が感染しないことが愛猫を守る最大の対策です。帰宅時に愛猫が玄関まで迎えに来てくれたときには、撫でたりする前に手洗いうがいを行いましょう。