ウチのサイトによく来ていただいている方が今、「海賊」という言葉を聞いて思い浮かぶのは、やはり「ONE PIECE」だろうか。
しかし、ONE PIECEが連載される以前まで「海賊」と聞いて思い浮かぶのは、左右どちらかの目に「眼帯をしている人物」だっただろう。
尾田先生もあるコラムで公言していたけど、これまでの「海賊」というイメージには「海賊=眼帯」という、「アフロ=チャンピオン」ばりの公式が出来上がっている、と。
しかしONE PIECEの物語には、いまだ眼帯のキャラクターが1人も出てきていない。
これは尾田先生のポリシーらしく、
「眼帯なくても海賊は描けるんだぞ」
――という意思表示らしい。
といっても、もちろん眼帯自体が嫌いというわけでもないから、“物語の終盤”で一人だけ“眼帯の海賊”が登場すると明言している。
「ポリシースープレックスホールド!」
ONE PIECEには実は今まで、本編において
たった1人も眼帯の海賊が登場していないんです!!
…うん、どうでもいいでしょうが。
実はこれが僕のささやかな裏ポリシーです。
「何も!海賊がみんな眼帯してるわけじゃないんだぞ!!」
「別に!! 眼帯使わなくても海賊は描けるんだぞ!!」
こんな気持ちで、見た目なんでもないただの少年の海洋冒険は始まりました。
つまり、みんなの頭に固まった海賊のイメージがあるのなら、
僕は、少年がそこへ行きつくプロセスを描いてやろうと思ったわけです。
とはいえ、別に僕が眼帯ギライというわけじゃないので、
ONE PIECEという大きな物語の終盤、一度だけ、
まさに〝眼帯の海賊〟が登場します。
はやくそいつを描きたくてウズウズしてます。
2007.7.6 Eiichiro Oda
さて、このキャラクターは誰なのか。
今回は、この件について考え予想してみたい。
みんなの頭に固まった海賊のイメージがあるのなら、
僕は、少年がそこへ行きつくプロセスを描いてやろうと思ったわけです。
ちなみにこれ(↑)の解釈なんだけど、「そこへ行き着くプロセス」の「そこ」ってのを「眼帯をつけた海賊へ行き着くルフィの物語」と解釈してる人がコメント欄に何人かいるんだけど、ぼくの解釈では「そこ」と言うのは「みんなの頭に固まった海賊のイメージ」の事だと思ってます。
つまりこれまでは「海賊=眼帯」っていうイメージが過去の海賊物語によって紡がれて、「みんなの頭に固まった海賊のイメージ」が出来たんだと思う。
これは、「海賊=眼帯」という「過去の海賊像」が出来上がったプロセス。
だから尾田先生は海賊のイメージを変えるような「新たなプロセス」を描いてるんだと思う。
元の投稿: ワンピース.Log 考察/伏線/謎/予想/感想/まとめ
[ワンピース 予想] 物語の終盤で登場する“眼帯の海賊”を考える