近年、米国では動物愛護団体People for the Ethical Treatment of Animals(PETA)と、犬種のスタンダード(犬種標準)を管轄するアメリカンケネルクラブ(AKC)の間で、犬の繁殖における倫理と健康をめぐる深刻な対立が激化しています。この論争は、純血種犬のあり方、ひいては動物福祉全体の未来にも大きな問いを投げかけています。

この対立の核心は、PETAがAKCの定めるスタンダードが、特定の純血犬種において不健康な身体的特徴を助長していると強く主張している点にあります。具体的には、フレンチ・ブルドッグ、パグ、ダックスフンド、シャー・ペイ、ブルドッグといった犬種を挙げ、それぞれが深刻な健康問題を抱えていると指摘しています。
たとえば、フレンチ・ブルドッグなどの短頭種は、その平坦な顔つきゆえに「短頭種気道症候群」と呼ばれる呼吸困難に生涯苦しむことが多く、またパグは突出した眼球ゆえに眼球損傷のリスクも高いとされます。シャー・ペイの過剰な皮膚のしわは、皮膚感染症や眼疾患を引き起こしやすく、ダックスフンドの長い胴体と短い脚は椎間板ヘルニアなどの脊椎疾患を招きやすいとされています。
PETAは、こうしたスタンダードを「不健康な犬を作るための設計図」と表現し、外見重視の繁殖が犬たちに不必要な苦痛をもたらしていると批判。現在、特定の犬種基準を支持するAKCに対して、その撤回を求める訴訟も起こしています。
これに対し、AKCはPETAの主張を「誤解に基づく」として強く否定しています。AKCによれば、スタンダードは各犬種クラブが策定し、AKCはそれを審査・承認する立場にあり、AKC自身が基準を決めているわけではないとしています。
さらに、AKCは「純血種犬の健康、血統、福祉の向上」を最優先事項として掲げ、過去30年以上にわたり犬の健康研究に4,000万ドル以上を拠出してきた実績を強調。獣医師やブリーダーと連携し、スタンダードに準じて責任を持って繁殖された犬は、健全であると反論しています。
この対立の背景には、米国社会における動物福祉意識の高まりがあります。特に「パピーミル」や、見た目重視の「ファッション繁殖」への批判が強まっています。欧州でも、ドイツやノルウェーでは特定犬種の繁殖を禁止する動きも見られます。
「拷問繁殖(torture breeding)」という言葉が注目され、苦痛をともなう身体的特徴を選択する繁殖への非難が高まっています。これを受け、ブリーダーには厳格な規制と、ベストプラクティスの遵守、教育の徹底、繁殖の透明性向上が求められています。ただし、「純血種を飼う自由を尊重すべき」とする声も根強く、繁殖行為そのものの禁止には社会的な支持が乏しいという現実もあります。
米国には連邦、州、地方レベルで動物福祉に関する法律が存在しますが、多くは州レベルで制定されています。連邦法である動物福祉法は、商業的に繁殖される動物に対して最低限の飼育基準を設けていますが、消費者に直接販売する施設(多くのブリーダーが含まれる)は検査の対象外となる場合があり、その監視には限界があります。
また、州ごとの法律には大きな差があり、犬の飼育頭数制限や飼育環境基準(広いケージ、定期的な獣医療、社会化、運動の提供、ワイヤーケージの使用禁止など)を設けている州もあれば、ほとんど規制がない州もあります。そのため、規制の緩い州に非倫理的なブリーダーが流入する可能性も指摘されています。
こうした規制や社会的議論が進む一方で、「純血種はミックス犬より病気にかかりやすい」という認識そのものについても、近年では見直されつつあります。たとえば、テキサスA&M獣医学・生物医学科学大学(CVMBS)が27,000頭以上のデータを分析した研究では、純血種とミックス犬の健康状態に有意な差は見られなかったと報告されています。
また、英王立獣医科大学(RVC)の調査でも、コッカプーやキャバプーといったデザイナーミックス犬が必ずしも健康的とはいえないことが示されており、犬の健康は品種よりも生活環境や飼育者の管理意識に大きく依存するという見方が強まっています。
こうした知見は、犬を迎える際の基準を「見た目」や「血統」から「健康状態」や「ライフスタイル」へとシフトさせる契機となるでしょう。結果的に、極端な身体的特徴を持つ犬種への過剰な需要を抑えることが、非倫理的な繁殖慣行を減らす第一歩になると考えられます。
米国でのPETAとAKCの対立は、今すぐ日本に直接的な影響を及ぼすとは考えられませんが、その動向は日本の動物福祉政策にも影響を与える可能性があります。
日本では1973年に動物愛護管理法が制定され、2012年と2019年の改正で規制強化が図られました。特に2019年の法改正では、「8週齢規制」や「数値規制(飼養施設の広さ、従業員数、繁殖年齢・回数などを具体的に規定)」が導入され、ブリーダーやペットショップの飼育環境に具体的な基準が設けられました。
しかし、これらの改正にもかかわらず、日本は依然として国際的な基準からは遅れていると見られています。世界動物保護協会(WAP)による「世界動物保護指数」では、日本は2020年時点でEランク(A〜G中の下位)と評価されてしまいました。
現状、日本では劣悪な環境での飼育や繁殖や、無責任な販売が社会問題となっており、「先天性疾患があった」「キャンセルできなかった」など、ペット購入時のトラブルも増加。国民生活センターには多くの相談が寄せられています。
今後は、海外の動物福祉情報の流入によって、日本の消費者意識にも徐々に変化が訪れることが期待されます。また、ジャパンケネルクラブ(JKC)をはじめ、ブリーダーやペットショップに対しても、犬種基準の再評価、健康問題への対応、倫理的な繁殖、責任ある販売慣行への移行を促す可能性があります。
将来的には、「拷問繁殖」への関心が高まり、特定の犬種に対する繁殖規制や販売制限の導入が議論されることも考えられます。長期的に見れば、米国での動向が日本の動物福祉政策やペット業界の改革に間接的な影響を与え、より包括的で持続可能なペット社会の実現へとつながっていくかもしれません。
元の投稿: 犬や猫とハッピーに暮らすための情報と最新ペットニュース - ペトハピ [Pet×Happy]
米国で深まるPETAとAKCの対立──犬の健康と未来を巡る国際的議論とは?
