愛するペットが何を考えているのか、どんな気持ちでいるのか——もし言葉を話せたらどんなによいだろう、と願う飼い主さんは少なくないでしょう。
これまで、動物の思考と言語に関する研究、特に人間の能力との類似性に焦点を当てた研究は盛んに行われ、メディアでも大きく取り上げられてきました。
しかし、科学の世界では、動物が人間のような「言語」を持つのかどうかについて、長年にわたる研究にもかかわらず、結論は決して単純ではありません。

人間の言語には、主に次の3つの重要な特徴があるとされています。
統語論(Syntax)
文法や構文のルールを指します。言葉やフレーズを特定の順序で並べることで、異なる意味をつくり出す能力です。
意味論(Semantics)
単語や文が持つ意味そのものを指します。各単語に意味があり、それらを組み合わせることで複雑な概念を表現できます。
再帰性(Recursion)
文中に文を入れ子にしたり、無限に長い文を構築したりできる能力です。
これらの要素によって、人間は過去や未来、目の前にない抽象的な概念(例:愛、正義)について語り合ったり、複雑な道徳的問題を議論したりすることができます。また、限られた音や単語を組み合わせて無数の表現を生み出す生産性も、人間の言語の大きな特徴です。
一方、人間以外の動物も鳴き声や身振りを使ってコミュニケーションを取っています。その複雑さから「動物も言語を持っているのではないか?」という疑問が生まれ、数多くの研究が行われてきました。なかでも注目を集めたのが、チンパンジーやボノボといった類人猿の言語学習実験です。
古くは1970年代に行われたチンパンジーの「ニム・チンプスキー」の実験はその代表例です。ニムは人間の手話を教えられ、多くのサインを覚えました。当初は、彼が手話を使って人間と「会話」しているように見え、大きな期待が寄せられました。
しかし、実験を主導したハーバート・テラス教授がビデオを詳細に分析した結果、意外な事実が明らかになりました。ニムの多くのサインは、教師のサインを模倣しているだけで、自発的な会話の始まりはほとんど見られなかったのです。
また、彼のサインの組み合わせも「ME, HUG, NIM, MORE(私、抱っこ、ニム、もっと)」といった単語の羅列が中心で、新たな意味を生み出す統語構造は確認されなかったのです。サインは報酬と結びつけて使われることが多く、人間の言語に見られる創造性や文法規則の理解は見られませんでした。
この研究は、単語の理解と、それを組み合わせて文を形成する「言語能力」とは別物であるという重要な示唆を与え、その後の動物言語研究に大きな影響を与えました。
一方、ボノボの「カンジ」は、より高度な言語理解を示したとして多くの議論を呼びました。彼は明示的な訓練ではなく、日常生活で自然に言語に触れることで、レキシグラム(人工言語=記号)を用いたキーボードや英語の音声を習得しました。
カンジは約400の記号を理解し、「キッチンにあるニンジンを取ってきて、リビングのボウルに入れて」といった複雑な指示にも反応できたと報告されています。
しかし、カンジの能力も、人間の言語に不可欠な統語論や再帰性を完全に備えていたとはいえません。彼の「発話」は人間の幼児の初期言語よりも単純で、助詞や助動詞などの機能語や、語形変化を使った意味の変化も確認されませんでした。
多くの言語学者や認知科学者は、カンジの能力を驚くべきものと認めつつも、それはあくまで記号と概念の結びつきや複雑な指示の理解にすぎず、文法に基づく「言語」そのものを操っているわけではないと指摘しています。
では、私たちにとってもっとも身近な存在である犬や猫はどうでしょうか。彼らも私たちに何かを伝えようと、さまざまな方法でコミュニケーションを取っています。
犬や猫は、「お散歩」や「ご飯」といった単語に反応したり、飼い主の声のトーンから感情を読み取ったりすることができます。猫は鳴き声のパターンを変えることで要求や感情を伝え、犬は人間の視線を追ったり、アイコンタクトやジェスチャーから意図を読み取る能力に長けています。
とはいえ、これは彼らが人間の言葉を「理解」しているのではなく、特定の音や声のトーン、動作と、その後に続く出来事(ご褒美や散歩など)を結びつけて学習している結果だと考えられています。
犬や猫の主なコミュニケーション手段は、人間のように文法的構造を持った言語ではなく、以下のような非言語的なシグナルです。
ボディランゲージ:尻尾の動き、耳の位置、姿勢など
声:吠え方、唸り声、鳴き声の高さや長さ、ゴロゴロ音など
匂い: 尿やフェロモンによるマーキングなど
表情: 目の動きや口元の緊張など
これらのシグナルは、「今、ここ」での感情や欲求を伝えるためのものであり、過去の出来事や未来の計画、抽象的な話題を表現することはできません。つまり、人間の言語が持つ「変位性(時間や空間を超えて物事を表現する能力)」や「抽象性」は確認されていません。
こうした動物のコミュニケーションの特性を踏まえると、「ペットの言葉がわかる」とされるデバイスやアプリが、動物の「言語」を人間の言語のように「翻訳」しているわけではないことが理解できます。
これらの多くは、AI(人工知能)や機械学習、音声認識技術を活用し、鳴き声の周波数、音量、パターンなどを解析し、膨大なデータと照らし合わせることで、感情や意図を推測・分類するしくみです。
動物の言語研究の歴史は、「動物は人間と同じような言語を使ってはいない」ことを明らかにしてきました。しかし、それは決して、彼らが私たちと心を通わせることができないという意味ではありません。
犬や猫は、その行動や鳴き声、表情、身体全体を使って、愛情、喜び、不安、要求などを私たちに伝えています。たとえ彼らの「言葉」を翻訳することはできなくても、そのサイン1つひとつに注意を払い、共感し、応えることで、言葉を超えた深い絆を築くことができるのです。
彼らの「言葉」は、人間とは異なる形で存在しています。科学的な知見を踏まえながら、目の前のペットが発する非言語的サインに心を傾けることこそが、真の意味で彼らと心を通わせ、幸せな日々を送るための鍵となるでしょう。
元の投稿: 犬や猫とハッピーに暮らすための情報と最新ペットニュース - ペトハピ [Pet×Happy]
ペットの言葉は本当に「翻訳」できる? 動物の言語研究から見るコミュニケーションの真実
