近年、世界的にペットは「飼育動物」ではなく「かけがえのない家族の一員」として認識されつつあります。この社会意識の変化は、法制度にも大きな影響を与えはじめています。なかでも注目されるのが、米ニューヨーク州で下された、犬の死に関する画期的な判決です。これは従来の法的枠組みに一石を投じ、動物の法的地位に関する議論を深める契機となるかもしれません。

ニューヨーク州キングス郡最高裁判所のマスロー裁判官は、車にはねられて死亡した犬「デューク」の死に直面した飼い主に対し、精神的苦痛に基づく損害賠償の可能性を認める判決を下しました。この判断は、ニューヨーク州法において犬が「直系家族の一員」として認識され得るというもので、これまでの法的枠組みからの大きな転換点と言えます。
動物の法的地位向上を目指す団体「Nonhuman Rights Project(NhRP)」はこの判決に重要な役割を果たし、裁判官はNhRPの主張に「広範に」依拠したとされています。NhRPの事務局長はこの判決を「動物にとっての法的勝利」と評価し、「デュークは法的な『物』ではなく、家族の一員だった」と強調しました。マスロー裁判官自身も「融通の利かない判例に固執することは、ペットに関する現代の社会規範と法の整合性を損なう」と述べ、動物を単なる財産として扱う従来の法的フィクションからの脱却を示唆しました。
米国では現在も、動物は広く「財産」として扱われています。しかし同時に、家具など他の財産とは異なる特別な扱いも存在します。たとえば、高温下で車内に動物を放置する行為を犯罪とし、救出を許可する法律や、災害時にペットのニーズを考慮する連邦政府の災害救援計画などがその例です。また、離婚訴訟においてペットの福祉に関する裁判所の判断基準を明文化する州もあり、動物が単なる「物」として処理されることの問題点が徐々に認識されつつあります。今回のニューヨーク州の判決は、こうした流れをさらに進め、動物の「感情的価値」を法的に評価する方向へと舵を切るものと解釈できます。
海外に目を向けると、動物の法的地位向上に向けたさまざまな取り組みが見られます。たとえばドイツでは「動物は物ではない」と明文化されています。フランスでは「動物は感受性のある生き物である」とされつつ、依然として財産法の枠内に位置づけられています。さらにイギリスでは、動物の感受性を法的に初めて認める「動物感受性法(Animal Welfare (Sentience) Act 2022)」が2022年に制定されました。これらの国々に共通しているのは、動物を「生命ある存在」とする社会規範と、旧来の法制度との乖離を是正しようとする姿勢です。ニューヨークの判決は、そのような欧州のアプローチとは異なる方法で、動物の「感情的価値」に直接的な法的意味を持たせようとする点で注目されます。
一方、日本では、民法上ペットは「物」に分類され、所有権の対象として売買や損害賠償の対象になります。第三者により盗まれたり傷つけられたりした場合、所有者は返還や賠償請求が可能ですが、その金額は原則的に「時価」によって算定されます。ただし、近年この認識にも変化が見られます。「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)」では「動物は命あるもの」という理念を掲げています。動物虐待の禁止や、動物と人が共に生きる社会の実現を目指すこの法律は、度重なる改正を経て内容を充実させてきました。
とりわけ2019年改正では、第一種動物取扱業者に対して飼育施設の面積や運動スペース、1人あたりの飼育上限数などを定めた「数値規制」が導入されました。さらに、生後56日(8週齢)未満の犬猫の販売原則禁止、マイクロチップの装着義務化、虐待に対する罰則強化などが行われ、一定の進展が見られました。しかし国際的な基準と比較すると、日本の動物愛護・福祉制度には依然として多くの課題が残っています。
日本の裁判では、民法上ペットが「物」とされるにもかかわらず、ペットの死傷による飼い主の精神的苦痛に対し慰謝料を認める判例が増加傾向にあります。一般的な「物」に関しては、時価の賠償で済ませるのが通例であり、慰謝料が認められるのは極めて稀です。
しかしペットの場合には、被害者との間に精神的なつながりがあるとされ、「時価では慰謝されない苦痛」があると認定された場合、慰謝料が認められています。特に「ペットが家族の一員としてかけがえのない存在である」という社会通念が、慰謝料請求を支える根拠とされてきました。過去には数万円程度だった慰謝料も、現在では数十万円、場合によっては100万円を超える例もあります。
このように、民法上に明文規定がないにもかかわらず、裁判所は現実社会の意識変化に応じて柔軟に対応しているのが現状です。ただし、これは個別判例の積み重ねにすぎず、法制度としての整合性には限界があります。動物愛護管理法が動物の「命ある存在」としての尊重を求める一方で、民法が依然として「物」と扱う現状には法的な「ねじれ」が生じています。
ニューヨーク州の判決が日本に直接的な影響を及ぼすことはありません。しかし、同判決が「犬は家族の一員である」と明言したことは、日本でもペットを家族と捉える社会的認識をさらに深める効果をもたらすでしょう。これは、動物の感情的価値を重視する米国の潮流を象徴しています。こうした国際的な潮流は、日本の立法府に対しても、民法上における動物の法的位置づけの見直しを求める強力な間接的メッセージとなり得るでしょう。
日本における動物の法的地位向上と、真に人と動物が共生する社会を実現するには、いくつかの具体的施策が求められます。まず、「緊急一時保護制度」の導入が急務です。現在の法律では、虐待が疑われる動物を見つけても、所有者の同意がない限り、速やかな保護が困難です。これは「アニマル桃太郎事件」などでも深刻な問題となりました。また、動物虐待を繰り返す者に対して、再飼育を法的に禁じる「飼育禁止命令制度」の創設も必要です。これにより再犯を防ぎ、動物の安全を守ることが可能になります。
第一種動物取扱業者への規制強化も欠かせません。8週齢規制をすり抜けるための出生日偽装が横行している現状に対しては、監視体制の強化が不可欠です。将来的には、ペットショップでの子犬・子猫を含む生体の販売自体を禁止する方向も視野に入れるべきでしょう。なかでも最も根本的な課題は、動物を「物」とする民法の規定を見直すことです。ドイツの民法のように「動物は物ではない」と明文化することで、法制度全体の整合性を確保し、動物の法的地位を明確に向上させることが可能になります。
ニューヨーク州の画期的な判決は、単なる地方裁判所の判断にとどまらず、進化する人と動物の関係性を象徴する出来事です。動物を「財産」ではなく「家族」として扱う社会的認識が、法制度にも反映されるべきだという明確なメッセージが発せられています。
日本でも動物愛護管理法の改正や判例の蓄積により、動物の法的地位向上に向けた意識が着実に高まっていますが、民法上の「物」扱いや虐待動物の保護の不備、悪質業者への対応など、依然として多くの課題が残されています。今後は、立法・司法・市民社会が連携し、動物福祉と権利を真に尊重する法制度の構築を目指すことが、日本の動物愛護の未来を切り拓く鍵となるのではないでしょうか。
元の投稿: 犬や猫とハッピーに暮らすための情報と最新ペットニュース - ペトハピ [Pet×Happy]
ニューヨーク州の画期的な判決が示すペットと人間の新たな関係性 ― 日本の動物愛護の未来を考える
