愛犬を家族に迎えた飼い主の多くが向き合う、避妊・去勢手術。病気の予防や望まない繁殖を防ぐため、動物病院では「生後6ヶ月前後」を推奨されることが一般的です。しかし、心のどこかで「本当にうちの子にとってベストなのだろうか?」と感じたことはないでしょうか。
その直感は、実は的を射ています。近年の研究では、手術後の「太りやすさ」が犬種や手術時期によって大きく異なることを明らかにし、画一的な推奨に疑問を投げかけているのです。この記事では、科学的根拠に基づき、愛犬にとっての「最適解」を考えます。

愛犬の避妊・去勢手術はいつがいい?
最新の研究が示す肥満リスクは、手術のタイミングを決める上で非常に重要な判断材料です。しかし、これが全てではありません。飼い主と獣医師は、他の病気のリスクや整形外科的な問題など、複数の要素を天秤にかける必要があります。ここに、唯一絶対の「正解」は存在せず、愛犬にとっての「最適解」を探るという、より複雑で重要なプロセスが求められます。
病気のリスクとのトレードオフ
避妊・去勢手術が広く推奨される最大の理由の一つは、特定の深刻な病気を予防できる点にあります。このメリットは、手術時期の決定において決して無視できません。
【メス犬の乳腺腫瘍】
メス犬にとって最も重要なのは、乳腺腫瘍(乳がん)の予防効果です。長年の研究により、初回の発情を迎える前に避妊手術を行うと、乳腺腫瘍の発生率を99.5%以上、ほぼ100%に近い確率で予防できることがわかっています。この予防効果は、発情を経験するごとに低下します。肥満リスクを避けるために手術を1歳以降に遅らせるという選択は、この絶大な予防効果をある程度手放すことと引き換えになる、という事実を理解しておく必要があります。
【オス犬の生殖器系疾患】
オス犬の場合、去勢手術によって精巣腫瘍のリスクは完全になくなります。また、加齢とともに多くの未去勢のオス犬が悩まされる前立腺肥大や、それに伴う感染症(前立腺炎)、さらには会陰ヘルニアといった病気のリスクを大幅に低減させる効果があります。
整形外科的な疾患リスク
性ホルモンは、骨の成長と成熟に深く関わっています。そのため、骨格がまだ発達途上にある時期に手術を行うと、関節の健康に影響を及ぼす可能性が指摘されています。
このリスクは、特に成長期間が長い大型犬で顕著です。性ホルモンが早期に失われることで骨の成長期間が不自然に長引き、骨の長さのバランスが崩れることがあります。その結果、前十字靭帯の断裂や股関節形成不全といった、犬のQOL(生活の質)を著しく低下させる整形外科的な疾患の発症リスクが高まることが、複数の研究で示唆されています。例えば、ゴールデン・レトリーバーでは、1歳未満で手術を行うと、これらの関節障害の発生リスクが有意に上昇するという具体的なデータも報告されています。
愛犬にとっての最適解
ここまで見てきたように、手術のタイミングを巡る判断は、複雑なトレードオフの上に成り立っています。例えば、ゴールデン・レトリーバーのメスの場合を考えてみましょう。
【早期(生後6ヶ月)に手術する場合】
乳腺腫瘍のリスクはほぼゼロにできるが、肥満や関節疾患のリスクは高まる。
【後期(1歳以降)に手術する場合】
肥満や関節疾患のリスクは低減できるが、乳腺腫瘍のリスクは上昇する。
どちらの選択肢も、メリットとデメリットを併せ持っています。飼い主は、どちらのリスクプロファイルをより重視し、管理していくかを獣医師と共に考えなければなりません。愛犬の犬種、性別、性格、そして将来のライフスタイルといった全ての要素を総合的に考慮し、専門家である獣医師と対話を重ねることで、あなたと愛犬にとっての「最適解」を見つけ出すことができるのです。
なぜ避妊・去勢手術で体重が増えやすくなるのか?
多くの飼い主が経験的に知っている「手術後に太りやすくなる」という現象。これは単なる気のせいではなく、手術によって引き起こされる体内の生物学的な変化に起因します。このメカニズムを理解することは、適切な対策を講じるための第一歩です。
ホルモンバランスの変化がもたらす「省エネ体質」
避妊・去勢手術は、メスでは卵巣(と子宮)、オスでは精巣を取り除く外科手術です。これらの生殖器は、単に繁殖機能だけでなく、体全体の調子を整える重要なホルモン(メスではエストロゲン、オスではテストステロン)を分泌しています。
性ホルモンには、実は食欲をコントロールし、基礎代謝(生命維持に最低限必要なエネルギー)を高く保つ働きがあります。手術によってこれらのホルモンの供給が絶たれると、体は大きく2つの変化を経験します。
第一に、食欲の抑制が効きにくくなり、食べ物を欲しがるようになります。第二に、基礎代謝率が低下し、これまでと同じ量の食事を摂っていても、エネルギーが消費されにくく、脂肪として蓄積されやすい「省エネモード」の体質に切り替わるのです。
この変化は、決して緩やかに訪れるものではありません。ある研究では、避妊手術を受けたメス犬は、手術後わずか10日間で、手術を受けなかった対照グループに比べて食欲が有意に増加し、体重も大幅に増えたことが報告されています。つまり、手術直後から体は劇的に変化し始めているのです。
最新研究が示す「新たな常識」
しかし、話はここで終わりません。「手術をすれば、どんな犬でも同じように太りやすくなる」という単純な図式は、もはや過去のものとなりつつあります。
米国獣医師会誌(JAVMA)に掲載された画期的な研究が、この分野の常識を大きくアップデートしました。この研究は、動物病院の電子カルテから15犬種、約15万頭もの犬のデータを抽出し、長期間にわたって追跡するという、前例のない規模で行われました。
その結果、明らかになったのは、避妊・去勢手術が肥満リスクに与える影響は、すべての犬で一様ではないという事実です。研究が導き出した核心的なメッセージは、「肥満リスクの増大は、犬のサイズ(大型犬か小型犬か)、犬種、そして手術を受けた時の年齢という3つの要素が、複雑に絡み合って決まる」というものでした。この発見は、私たち飼い主が愛犬のために、より深く、より科学的に考えるべきテーマを提示しているのです。

愛犬の肥満リスク
特定の15犬種、約15万頭のデータを分析した大規模研究が明らかにした最も重要な発見は、肥満リスクが犬種や体のサイズによって大きく異なるという点です。ここでは、その核心部分を、日本の飼育環境に合わせて分かりやすく解説します。
小型犬
研究では、小型犬のグループにおいて、生後3ヶ月や6ヶ月での早期手術が、1歳以降の手術と比較して肥満リスクを有意に上げるというデータは得られませんでした。
さらに驚くべきことに、一部の犬種では逆の結果が示されています。例えば、チワワやミニチュア・シュナウザー(オス)では、1歳で手術するよりも、むしろ生後6ヶ月といった早い段階で手術した方が、その後の肥満リスクが統計的に低かったのです。
この結果は、日本の飼育環境において非常に重要な意味を持ちます。アニコム損害保険の「人気犬種ランキング2025」によれば、日本で飼育されている犬の上位の多くは、トイ・プードル、MIX犬(10㎏未満)、チワワといった小型犬で占められています。これらの犬種の飼い主にとっては、肥満リスクという観点だけで見れば、これまで一般的であった「早期手術」という選択肢が、必ずしも間違いではない可能性が科学的に示されたことになります。
中型犬
今回の研究では分析対象が大型犬と小型犬に限定されており、中型犬は含まれていませんでした。しかし、だからといって中型犬のリスクが無視できるわけではありません。他の研究や体重別の推奨データからは、犬種ごとの特性に応じた慎重な判断が必要であることがわかります。
例えば、ビーグルでは早期の手術が関節疾患のリスクを高める可能性から12ヶ月齢以降の手術が推奨されることがあります。また、ウェルシュ・コーギー(特にオス)では、椎間板疾患のリスクを考慮し、生後6ヶ月未満での手術は避けるべきとの指摘があります。
体重が10㎏から20㎏程度の中型のMIX犬の場合も、早期手術は関節疾患のリスクを高める可能性があるため、12ヶ月齢以降の手術が推奨されるケースがあります。このように、中型犬は犬種や将来の体重予測によって考慮すべき点が大きく異なるため、かかりつけの獣医師との相談がより一層重要になります。
大型犬
研究結果は、大型犬の飼い主にとって特に重要な示唆を与えています。大型犬のグループ全体として、生後3ヶ月や6ヶ月といった、いわゆる「早期」に手術を行うと、体の成長がある程度落ち着いた1歳で手術した場合に比べて、将来的に過体重や肥満になるリスクが有意に高まることが示されました。
具体的には、日本でも人気の高いラブラドール・レトリーバーやゴールデン・レトリーバー、そしてジャーマン・シェパード(特にメス)といった犬種では、性的に成熟する前の手術が肥満リスクを顕著に高めることが名指しで報告されています。
大型犬は、骨格や筋肉が完全に成熟するまでに長い時間(1年以上)を要します。この重要な成長期に性ホルモンを人為的に除去してしまうことが、生涯にわたる代謝のプログラミングにまで影響を及ぼし、太りやすい体質を助長してしまう可能性が示唆されます。
特に注意が必要な犬種
手術の時期とは別に、犬種そのものが持つ遺伝的な素因も肥満の大きな要因です。その代表例が、ラブラドール・レトリーバーです。一部のラブラドールは、食欲の制御に重要な役割を果たす「POMC」という遺伝子に変異があることがわかっています。この変異を持つ犬は、満腹感を得にくく、結果として肥満になりやすいのです。
今回の研究で、遺伝的素因の強さを最も顕著に示したのがパグでした。パグは、未手術の時点ですでに43%が過体重または肥満であり、手術後にはその割合が61%にまで跳ね上がったのです。パグの飼い主にとっては、手術の時期以上に、生涯を通じた徹底的な食事管理と運動計画が、愛犬の健康を守るための最重要課題であると言えるでしょう。
今日から始める体重管理アクションプラン
手術後の愛犬の健康を守るため、飼い主が主体的に取り組める4つのステップを紹介します。科学的な知識を日々の行動に移し、愛犬の体重をプロアクティブに管理しましょう。
ステップ1:獣医師と連携し、個別プランを作成する
かかりつけの獣医師は、体重管理における理解者です。この記事で得た知識をもとに、愛犬の犬種や個性に合わせた手術時期や食事、運動プランについて具体的に相談しましょう。専門家と協力して、愛犬のためだけの最適な計画を立てることが成功の鍵です。
ステップ2:食事の「質・量・与え方」を見直す
手術後は代謝が変化するため、食事管理が極めて重要になります。
質:獣医師と相談の上、「高タンパク・低脂肪」の体重管理用フードを選びましょう。筋肉を維持し、基礎代謝の低下を防ぎます。
量:フードのパッケージはあくまで目安です。必ず計量器で正確に測り、与えすぎを防ぎましょう。
与え方:1日の給与量は変えずに食事回数を増やすと、空腹感を和らげ満足度を高めることができます。
ステップ3:運動の「質」を高め、消費カロリーを増やす
食事管理と並行し、効果的な運動で消費カロリーを増やしましょう。
散歩の工夫:散歩コースに坂道や階段を取り入れたり、食後のエネルギーを消費しやすいタイミングで歩いたりすると、運動の質が高まります。
室内遊び:天候に左右されず毎日続けられるボール遊びや引っ張りっこも、筋力維持とカロリー消費に有効です。
ステップ4:「ボディコンディションスコア(BCS)」で定期的にチェック
体重計の数字だけではわからない脂肪のつき具合を、自宅で定期的に確認しましょう。BCSは、肋骨や腰のくびれを「見て」「触って」体型を評価する指標です。「BCS3(理想体型)」を基準に、週に一度はチェックする習慣をつけ、体型の変化を早期に捉えることが深刻な肥満の予防につながります。
まとめ
避妊・去勢手術を巡る議論は、大きな転換期を迎えています。科学の進歩は、すべての犬が同じではないという、至極当然の事実を私たちに再認識させました。愛犬のケアは、画一的な常識を適用する時代から、一頭一頭の個性に合わせて「個別化」する時代へと移行しています。
今回の大規模調査などから得られた知識は、あなたが愛犬のためにより良い選択をするための力強いツールです。科学的知識という羅針盤を手に、愛犬の健やかな未来を創るための一歩を踏み出してください。
元の投稿: 犬や猫とハッピーに暮らすための情報と最新ペットニュース - ペトハピ [Pet×Happy]
愛犬の避妊・去勢、いつが最適?最新研究が解き明かす「太りやすさ」とベストタイミング
