愛犬が「がん」と診断されることは、飼い主にとって計り知れない衝撃と不安をもたらします。中でも「リンパ腫」は犬において最も発生率の高いがんの一つであり、その名前を耳にしたことがある方も少なくないでしょう。
しかし、リンパ腫は決して「ただの絶望」を意味するものではありません。正しい知識を持ち、適切な時期に獣医師と協力することで、愛犬の生活の質(QOL)を維持し、穏やかでかけがえのない時間を共に過ごすための道筋を描くことは十分に可能です。

犬のリンパ腫とは
犬のリンパ腫は、血液のがんの一種です。私たちの体には、細菌やウイルスなどの外敵から身を守る「免疫」というシステムが備わっていますが、その中心的な役割を担うのが「リンパ球」という白血球の一種です。リンパ腫は、このリンパ球ががん化し、無秩序に増殖することで発症します。
リンパ球は血液やリンパ液に乗って全身を巡っており、体の各所にはリンパ球が集まる「リンパ節」という関所のような器官が存在します。そのため、リンパ腫は体のどこにでも発生する可能性があり、進行するとリンパ節だけでなく、脾臓、肝臓、骨髄といった様々な臓器に影響を及ぼす全身性の疾患です。
犬で発生するがん全体の7〜24%を占めるという報告もあるほど、リンパ腫は一般的な腫瘍です。発症年齢の中央値は6〜9歳とされていますが、若い犬から高齢の犬まで、あらゆる年齢で発症する可能性があります。この病気を正しく理解することが、早期発見と適切な対応への第一歩となります。
犬のリンパ腫の種類
リンパ腫は、がんが発生した体の部位や、がん化したリンパ球の種類によって、いくつかのタイプに分類されます。これらの分類は、症状の現れ方、進行の速さ、治療への反応性、そして今後の見通し(予後)を予測する上で非常に重要です。
発生部位による分類
【多中心性リンパ腫】
最も一般的なタイプで、犬のリンパ腫の約80〜85%を占めます。体表のリンパ節(顎の下、首の付け根、脇の下、内股、膝の裏など)が痛みなく腫れるのが特徴です。初期段階では元気や食欲が保たれていることも多く、飼い主が「なんとなく首のあたりが腫れている」と気づいて来院されるケースが少なくありません。
【消化器型リンパ腫】
胃や腸などの消化管に発生するタイプで、2番目に多いとされています。嘔吐、下痢、食欲不振、体重減少といった消化器症状が主なサインとなります。他の胃腸炎などと症状が似ているため、診断が遅れることもあるため注意が必要です。
【縦隔型リンパ腫】
胸の中(縦隔)にあるリンパ節や胸腺に発生します。腫瘍が大きくなると気管や食道、血管を圧迫するため、咳や呼吸困難、顔や前足のむくみなどの症状が見られます。
【節外性リンパ腫】
リンパ節以外の特定の臓器に発生するタイプの総称です。皮膚に発生する「皮膚型リンパ腫」が代表的で、皮膚の赤いしこり、痒み、潰瘍など、アレルギー性皮膚炎と見間違えるような症状を示すことがあります。その他、眼、腎臓、中枢神経系(脳や脊髄)などにも発生することがあります。
細胞のタイプによる分類
リンパ球には「B細胞」と「T細胞」という2つの主要なタイプがあります。リンパ腫がどちらの細胞から発生したかによって、その性質は大きく異なります。
【B細胞リンパ腫】犬のリンパ腫の約60〜80%を占め、比較的治療への反応が良いとされています。
【T細胞リンパ腫】B細胞リンパ腫に比べて進行が速く、治療への反応も良くない傾向があり、一般的に予後が厳しいとされています。
どの部位に発生したか、そしてどちらの細胞タイプであるかを正確に特定することが、治療方針を決定する上で極めて重要になります。
犬のリンパ腫の症状
リンパ腫の症状は、発生した部位や進行度によって様々です。最も多く見られる多中心性リンパ腫では、飼い主が最も気づきやすいサインは「リンパ節の腫れ」です。日頃から愛犬の体を撫でて、以下の部位にしこりがないかチェックする習慣をつけましょう。ご家庭でチェックしやすい主要な体表リンパ節は以下のとおりです。
下顎リンパ節:顎の骨の下あたり
浅頸リンパ節:肩の前、首の付け根あたり
腋窩リンパ節:脇の下(正常では触りにくい)
鼠径リンパ節:内股の付け根
膝窩リンパ節:膝の裏側のくぼみ
これらのリンパ節が、痛みを伴わずに左右対称に、または片方だけが明らかに腫れている場合は注意が必要です。
その他、リンパ節の腫れに加えて、全身に様々な症状が現れることがあります。例えば、「なんとなく元気がない」「食欲が落ちて体重が減ってきた」といった変化は、多くの飼い主が気づく初期サインです。また、原因不明の発熱が見られることもあります。
特徴的な症状として、水を飲む量やおしっこの量が異常に増える「多飲多尿」や、消化器型リンパ腫で見られる「嘔吐や下痢」、胸の腫瘍が原因で起こる「咳や呼吸困難」などがあります。これらの症状は他の病気とも共通するため、気になる変化があれば早めに動物病院に相談することが重要です。
これらの症状は、リンパ腫以外の病気でも見られる一般的なものです。しかし、「年のせいかな?」と見過ごさずに、何か一つでも気になる変化があれば、できるだけ早く動物病院を受診することが、何よりも大切です。
犬のリンパ腫の原因
多くの飼い主が「なぜうちの子が?」と自問し、原因を探そうとされます。しかし、残念ながら犬のリンパ腫の正確な原因は、まだ完全には解明されていません。特定のウイルス感染が原因となる猫のリンパ腫とは異なり、犬ではそのような明確な原因は見つかっていないのが現状です。
ただし、これまでの研究から、いくつかの要因が発症リスクを高める可能性が指摘されています。
【遺伝的素因】
特定の犬種では、他の犬種に比べてリンパ腫の発生率が高いことが知られています。ゴールデン・レトリーバー、ボクサー、ブルドッグ、バセット・ハウンド、スコティッシュ・テリアなどが好発犬種として挙げられます。
【環境要因】
強力な磁場への曝露、除草剤や化学物質への接触、塗料などの溶剤などがリスクを高める可能性を示唆する研究報告もありますが、まだ明確な因果関係は証明されていません。
【免疫系の異常】
免疫抑制剤を長期間使用している犬や、免疫系の機能に何らかの異常がある犬では、発症リスクがやや高まる可能性も考えられています。
重要なことは、リンパ腫の発症は飼い主の飼育方法や愛情が原因ではないということです。原因が特定できない以上、過度に自分を責めることなく、これから愛犬のために何ができるかを考えることに集中しましょう。

犬のリンパ腫の診断と治療
動物病院では、リンパ腫が疑われると、正確な診断のためにいくつかの段階的な検査が行われます。
まず、獣医師による身体検査と問診から始まります。獣医師は全身のリンパ節を丁寧に触診し、飼い主から普段の様子や症状について詳しく話を聞きます。
そこでリンパ腫が疑われた場合、一般的には「穿刺吸引細胞診(FNA)」という検査が行われます。これは、腫れているリンパ節に細い針を刺して細胞を採取し、顕微鏡で観察するもので、犬への負担が比較的少ないのが特徴です。この検査で、リンパ腫の可能性が高いかどうかを見極めます。
さらに正確な診断を下し、今後の治療方針を決めるためには、「生検(バイオプシー)」が必要になることもあります。組織の一部を採取して詳しく調べることで、リンパ腫であることの確定診断だけでなく、治療への反応や予後に関わるB細胞・T細胞といった重要なタイプまで特定することができます。
そして最後に、がんが体のどこまで広がっているかを評価する病期分類が行われます。血液検査、レントゲン、超音波検査などを通じて全身をチェックし、病気の進行度をステージⅠからⅤの段階で評価します。これらの情報を総合することで、犬に合った最善の治療計画を立てていくのです。
治療の選択肢
犬のリンパ腫の治療の主な目的は、がんを完全に消し去る「治癒」ではなく、がん細胞を減らして症状のない状態を長く維持する「寛解」と、犬のQOL(生活の質)を最大限に高めることです。
【化学療法(抗がん剤治療)】
リンパ腫は全身性の疾患であるため、外科手術や放射線治療よりも、全身に作用する化学療法が治療のゴールドスタンダードとなります。複数の抗がん剤を組み合わせる「多剤併用療法」が最も効果的とされ、この治療により80〜95%の犬が寛解に至ると報告されています。副作用を心配される方も多いですが、犬は人間ほど重い副作用を示すことは少なく、吐き気止めなどの支持療法を併用することで、多くの犬が普段通りの生活を送りながら治療を続けることが可能です。
【ステロイド療法】
化学療法が難しい場合や、症状緩和を目的とした緩和ケアとして、ステロイドが単独で用いられることがあります。一時的にリンパ腫を縮小させ、元気や食欲を改善させる効果が期待できますが、その効果は限定的です。
【放射線治療や外科手術】
鼻腔内や皮膚など、限局した場所に発生したリンパ腫に対しては、放射線治療や外科手術が選択されることもあります。
どの治療法を選択するかは、リンパ腫のタイプやステージ、犬の年齢や全体的な健康状態、そして飼い主の価値観や経済的な状況などを総合的に考慮して、獣医師と十分に話し合って決定することが重要です。
犬のリンパ腫の予後と管理
リンパ腫と診断されたとき、飼い主が最も気になるのは「あとどれくらい一緒にいられるのか」という予後でしょう。これは非常に辛い問いですが、現実的な見通しを知ることは、今後の過ごし方を考える上で大切な情報となります。
予後の目安
犬のリンパ腫の予後は、何もしなければ診断から4〜6週間程度と非常に進行が速い病気です。しかし、適切な治療を行うことで、その期間を大幅に延ばすことが可能です。
多剤併用療法を受けた場合、約20〜25%の犬は2年以上生存するともいわれています。予後は、B細胞かT細胞か(B細胞の方が良好)、ステージ、犬自身の体力など、様々な要因に左右されます。
自宅でのケア
治療中や緩和ケアの期間中、愛犬がご自宅でいかに快適に過ごせるかは、飼い主のサポートにかかっています。
まず基本となるのが、日々の「副作用のモニタリング」です。食欲や元気、嘔吐や下痢の有無などを注意深く観察し、記録しておくと、獣医師に的確に状態を伝えることができます。些細な変化でも、気づいたことがあればすぐに動物病院に連絡することが大切です。
特に、治療の影響で食欲が落ちてしまうことは少なくありません。そのような場合は、「栄養管理」の工夫でサポートしてあげましょう。フードを少し温めて香りを立たせたり、ウェットフードを混ぜたり、お肉の茹で汁など嗜好性の高いものを少しトッピングしたりするだけでも食べてくれることがあります。ただし、特別な療法食や栄養価の高い食事については、必ず獣医師に相談してから与えるようにしてください。
体のケアと同時に、愛犬の「快適な環境づくり」も心の支えになります。静かで安心できる寝床を整えてあげるのはもちろん、体調が許す限りは、無理のない範囲で散歩に連れて行ったり、優しく撫でてあげたりするスキンシップの時間を続けましょう。日常に近い穏やかな時間を過ごすことが、愛犬の精神的なストレスを和らげることに繋がります。
まとめ
犬のリンパ腫は、飼い主と愛犬にとって非常に厳しい挑戦であることに間違いありません。しかし、この病気について正しく学び、どのような選択肢があるかを知ることで、過度な恐怖や混乱から抜け出し、冷静に愛犬のための次の一歩を踏み出すことができます。
早期発見のための日々のチェック、診断後の迅速な行動、そして獣医師との緊密な連携が、愛犬の未来を大きく左右します。何よりも大切なのは、残された時間を嘆くのではなく、愛犬との「今」この瞬間を最大限に輝かせること。この記事が、そのための力強いサポートとなることを心から願っています。
元の投稿: 犬や猫とハッピーに暮らすための情報と最新ペットニュース - ペトハピ [Pet×Happy]
愛犬が「犬のリンパ腫」と宣告されたら - 余命と向き合いQOLを高める治療法とは
