近年、私たち人間の健康分野では「概日リズム(サーカディアンリズム)」の重要性が広く知られるようになりました。さらに近年の研究では、人間の体内時計が太陽に基づく約24時間周期だけでなく、月の満ち欠けに関連する「月周リズム(サーカルナーリズム)」とも呼ばれる周期性を持つ可能性が示唆されています。そして、現代社会に広がる深刻な「光害」が、こうした繊細なリズムを乱しているのではないか、という問題提起もなされています。
この知見は、人間だけの問題にとどまりません。私たちと同じ居住空間で暮らす伴侶動物、つまり愛犬や愛猫にとっても、重要な示唆を含んでいます。彼らもまた、太古の昔から太陽や月の光の変化に適応しながら進化してきた動物です。夜でも明るさが保たれる現代の住環境が、彼らの生理機能に少なからぬ負荷を与えている可能性は、決して無視できないものと言えるでしょう。

そもそも生物には、地球の自転に合わせて約24時間周期で体内環境を調整する仕組みが備わっています。これが概日リズムです。犬や猫の脳内にも、「視交叉上核」と呼ばれる体内時計の中枢が存在し、目から入る「光」の情報をもとに、睡眠と覚醒のサイクル、体温調節、ホルモン分泌など、生命維持に不可欠な機能をコントロールしています。
野生においては、太陽が昇れば活動を始め、日が沈めば休息に入るという生活が基本でした。夜間は完全な暗闇ではなく、わずかな月明かりの中で周囲を警戒しながら眠る、という環境です。しかし現代の家庭内には、夜間であってもLED照明やテレビ、スマートフォンなど、太陽光に近い波長を含む人工光があふれています。この「終わらない昼間」とも言える環境が、ペットの体内時計を混乱させ、知らず知らずのうちに心身の不調につながっている可能性が、獣医学や動物行動学の分野でも指摘されるようになってきました。
光がペットの体に与える影響を理解するうえで欠かせないのが、「メラトニン」というホルモンの存在です。メラトニンは一般に「睡眠ホルモン」と呼ばれ、周囲が暗くなることで脳の松果体から分泌され、自然な眠りを促します。同時に、細胞の修復や免疫機能の維持、抗酸化作用など、体のメンテナンスにも深く関わっています。
一方で、メラトニンには「光を浴びると分泌が抑制される」という性質があります。特に、現代の照明やデジタルデバイスから多く発せられるブルーライトは、その分泌を強く抑えることが知られています。つまり、夜遅くまで明るいリビングでテレビを見たり、スマートフォンを操作したりしている飼い主のそばで、ペットが一見くつろいでいるように見えても、彼らの脳内では「今はまだ昼間だ」という誤った信号が送り続けられ、本来分泌されるべきメラトニンが十分に作られていない可能性があるのです。
こうした「光による体内時計のズレ」が慢性化すると、さまざまな影響が現れます。まず考えられるのが、睡眠の質の低下です。犬や猫は人間よりも長い睡眠時間を必要としますが、質の良い休息がとれないことで、日中の無気力や過度な眠気、あるいは落ち着きのなさやイライラといった行動変化が見られることがあります。
さらに、長期的な健康への影響も懸念されています。メラトニン不足や概日リズムの乱れは免疫機能の低下を招き、感染症にかかりやすくなったり、皮膚トラブルが治りにくくなったりする要因になり得ます。また、代謝機能にも影響を与えるため、適切な食事管理をしているにもかかわらず肥満になりやすくなるリスクがあります。
加えて、犬の認知機能不全症候群(いわゆる犬の認知症)において、生活リズムの乱れが症状悪化に関与する可能性も指摘され始めています。
猫は薄明薄暮性(明け方と夕暮れに活発になる)、犬は人に近い昼行性の傾向を持ちつつ環境への適応力が高い動物ですが、いずれにしても「暗闇」という休息の時間は、生物学的な健康を支える重要な要素です。言い換えれば、適切な暗さは栄養や運動と同じくらい、見過ごされがちな「健康資源」と言えるでしょう。
では、私たち飼い主は愛犬・愛猫のバイオリズムを守るために、何ができるのでしょうか。決して難しいことではなく、日々のちょっとした「光のマネジメント」が大きな意味を持ちます。
まず重要なのが、夜間の照明環境です。日没後は部屋全体の照度を少し落とし、可能であれば暖色系(電球色)の照明や間接照明に切り替えましょう。昼光色(昼白色)の明るいLEDは覚醒作用が強く、夜のリラックスタイムには適していません。また、ペットの寝床は、テレビ画面や廊下の常夜灯など、強い光が直接当たらない場所を選ぶことが望ましいでしょう。生活リズムの都合で夜遅くまで明かりが必要な場合は、遮光性のあるカバーや衝立を使い、物理的に光を遮る工夫も有効です。
さらに、光のコントロールは「夜を暗くする」ことだけではありません。「朝にしっかり光を浴びる」ことも、体内時計をリセットするために極めて重要です。朝起きたらまずカーテンを開け、自然光を室内に取り入れましょう。
可能であれば午前中に散歩に出かけたり、窓辺で日向ぼっこをさせたりして、太陽の光を感じさせてあげてください。この「朝の光」と「夜の闇」の明確なメリハリこそが、乱れたリズムを整えるための最も基本的で効果的なスイッチになります。
光環境を整えることは、ペットだけでなく、飼い主自身の健康にも良い影響をもたらします。人工の光を完全に排除することはできませんが、その特性を理解し、適切にコントロールすることは可能です。もしペットが理由もなく体調を崩したり、情緒が不安定に見えたりすることがあれば、食事や運動だけでなく、「光の環境」にも目を向けてみてください。
彼らは「眩しくて眠れない」「体がだるい」と言葉で訴えることができません。だからこそ、環境の管理者である私たちが、生物としての本能に寄り添い、本来あるべき自然なリズムを守ってあげることが、責任ある愛情のかたちではないでしょうか。今夜は照明の明るさを一段階落とし、ペットとともに穏やかな「夜の時間」を過ごしてみてください。
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夜の明かりが奪うもの──人工光が犬・猫の体内時計と健康リズムに及ぼす影響
