57年間レストア歴なし 工場出荷時のオリジナル状態を貫く奇跡のマセラティ「ギブリ」に二分される価値
2026年1月23日から30日にかけてオンラインで、ブロードアロー・オークションズの「グローバル・アイコンズ:ヨーロッパ・オンライン」が開催されました。このオークションに、12万〜16万ユーロのエスティメート(予想落札価格)で出品されたのが、1969年式のマセラティ「ギブリ」の4.7クーペです。初代オーナーから2代にわたり、約11万kmという過走行でありながらもレストア歴なしの完全なオリジナル状態を保ち続ける奇跡の個体です。新車同然にするアメリカ流のフルレストアとは一線を画す、ヨーロッパ流の「歴史を刻む」クラシックカーの価値観と、美しいヒストリーを紹介します。
新車同然に蘇らせるアメリカ流レストアと、歴史を許容し年輪を愛するヨーロッパ流との価値観の相違
エクステリアの美しさとは対照的に、シートの傷みは相当なもので、同時にホイールにも小傷が目立つ。
かつてメルセデス・ベンツのクラシックカーセンターを訪れたとき、3台並んだメルセデス・ベンツ「300SLロードスター」のうち1台だけが、じつはこのような状態であった。しかし、なぜかそのクルマが一番高い正札をつけていたのである。そこにいたクラシックカーセンターのメンバーにそのことを尋ねてみた。
すると、レストアのやり方には2つの大きな特徴があるという。アメリカで行われるそれは、極端な話ビス1本に至るまですべて新品にするから、見た目は新車同様の仕上がりになる。一方のヨーロッパ流のやり方は、徹底的にオリジナルを大切にして、それを可能な限り美しく保つのだそうだ。だから、シートなどのヤレ具合や外装の塗装状態は、見た目では案外気になる人もいるという。日本もどちらかといえば、アメリカ流のレストアを好むユーザーが多いように感じる。
巨匠ジウジアーロがデザインを描き、由緒あるレーシングカーのV8エンジンを搭載したマセラティ「ギブリ」とは
マセラティ「ギブリ」が誕生したのは1967年のことだ。デビューは1966年のトリノショーであった。
イタリアは不思議な国で、多くの自動車メーカーには、レーシングカーを作るかたわらで少量のロードカーを作るという慣習があった。アルファロメオしかり、フェラーリしかりである。そしてこのマセラティも例外ではなく、量産モデルを作り始めたのはほとんど戦後のことなのだ。だから、搭載されるエンジンがレーシングカー由来となるのはごく当然であった。マセラティ「ギブリ」のV8エンジンは、レーシングカーであるマセラティ「450S」直系のエンジンである。
このエンジンは初めマセラティ「5000GT」と呼ばれるモデルに搭載され、その後マセラティ「ギブリ」に採用されることになった。純粋なV8を積むスポーツモデルとしては、マセラティ「ギブリ」はこのマセラティ「5000GT」の後継車にあたる。このためドライサンプの潤滑方式を持ち、それゆえにエンジンフードを低めることができた。V8といえばすぐにアメリカ車を連想し、独特なサウンドを想起しがちだ。しかし、レーシングエンジン直系のマセラティ「ギブリ」のエンジンは、同じV8でもはるかに洗練されたサウンドを奏でていた。
デザインしたのはジウジアーロである。ベルトーネを退職し、カロッツェリア・ギアに在職していたころだ。当時のギアは毎年のようにオーナーが変わる不安定な時期であった。ジウジアーロも居にくかったのか、在籍したのは1966年から1968年までの2年間でしかない。同じギア在職時代に、彼はいすゞ「117クーペ」をデザインしている。
著名な大学教授である初代オーナーとマセラティエンジニアとの深い絆から生まれたギブリとの付き合い
エンジニアであり、パドヴァ大学の著名な教授、のちに学部長も務めたブルーノ・ダッラーリオは、マセラティのエンジニアとしてV8エンジンの開発に携わっていたジュリオ・アルフィエーリと、仕事上のみならず知的思考にも共通点があり、お互いに協力関係にあった。そんなアルフィエーリが、マセラティの最新モデルであるマセラティ「ギブリ」をダッラーリオに勧めたのは容易に想像がつく。
ダッラーリオは夫人を伴ってモデナのマセラティ工場に直接赴き、新車(生産された最後の4.7リッターモデルのうちの1台)を注文したそうだ。そして、アルフィエーリのアドバイスに従い、彼らは1970年代を象徴するエレガントなベージュメタリックのエクステリアと、ベージュレザーのインテリアを選んだ。この組み合わせは、いまも健在である。
エンジニアとしての几帳面な性格を持ち合わせたダッラーリオは、マセラティ「ギブリ」のメンテナンスを常にモデナ工場のマセラティ アフターサービスに任せていた。そして、マセラティがデ・トマソに買収され、そのサービス工場が閉鎖されたのち、彼はフランコ・トラッリを紹介された。トラッリはモデナ工場でこのクルマの整備を担当していた人物で、自身のワークショップを開設していた。
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クルマのヤレも歴史としてリスペクト!? 欧州流オリジナルを愛おしむマセラティ「ギブリ」が歩んできた幸せな車歴!

