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「旧車趣味」の神髄はクルマとの会話にあり! わずか100馬力超のエンジンでも楽しめる理由とは

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60年代スポーツカーが牽引してきたもの

 旧車の人気が高まりつつあるなか、実際に1960年代のクルマがどれほどの実力であったのか、単に主要諸元を見ただけではわかりにくい点もあるだろう。昨今のクルマとの馬力比較をしてみても、クルマとの付き合い方が見えてくるようだった。

数値性能比較だけでは分からない存在意義

 トヨタ2000GTのエンジンは、排気量2.0Lの直列6気筒で150馬力だ。日産スカイラインGT-Rの初代(ハコスカGT-Rと呼ばれた)エンジンも、排気量2.0Lの直列6気筒で160馬力である。トヨタ2000GT

 たとえば現代のトヨタ86は、同じ排気量2.0のL水平対向4気筒エンジンで、200馬力以上だ。そのうえ、かつてはグロス馬力表示といって、エンジン単体での数値だったが、現在はネット馬力といって車載した数値で馬力が示される。つまり、昔の方が15~20%大きく表されるともいわれる。憧れのスポーツカーやGTカーも、旧車の時代はそれほど高性能ではなかったのではないかと思う人があるかもしれない。日産スカイラインGT‐R

 しかし、50〜60年前と現在では、エンジン単体の性能はもちろんのこと、車体やタイヤの技術も比較にならないほど進歩を遂げており、それらの総合的な性能として時代を牽引したクルマであったかどうかを見ないと、評価を誤るだろう。スカイラインGT-RのS20エンジン

 エンジンそのものについても、当時は電子制御燃料噴射がなく、自然吸気のキャブレターで燃料の供給が行われていた。回転数やアクセルペダルの開度に応じてきめ細かく燃料を供給し、無駄なく燃焼制御が行われたわけではなく、排気量当たりの出力にはおのずと限界があった。

 それでも、100馬力を超えるエンジンを搭載することは特別なことであり、ハコスカ時代の標準車のGTで、2.0Lエンジンが105馬力というのは、かなりの高性能であった。一方、今日ではトヨタ・ヤリスの1.5Lエンジンでさえ120馬力ある。

 車体側では、当時は車体剛性も低く、タイヤもラジアルではなくバイアス構造であった。ことにタイヤの影響は大きい。バイアスタイヤ

 現在のラジアルタイヤの利点は、直進安定性に優れ、加減速での駆動力伝達やブレーキの効きでバイアスタイヤを大きく上回っている。バイアスタイヤ時代は、真っ直ぐ走るときでもある程度ハンドルの修正が必要だった。ふらつくほどではないにしても、路面の影響によって修正を加えながら運転する。アクセルペダルを安易に踏み込めば、タイヤが空転したり、横滑りをしたり、制御が難しいタイヤだった。

 極端な例では、アメリカ車の大排気量エンジンは馬力も大きいので、アクセルペダルを無暗に踏み込めば、タイヤが空転してしまうのはもちろん、タイヤのゴムが路面とこすれて白煙を上げたほどである。私も、70年代後半に米国車を運転したことがあるが、アクセルペダルを一気に踏み込むと、タイヤは容易に空転をはじめ、横滑りを起こしそうになった。エンジンの馬力がいくら大きくても、それを速さや安定性につなげることが容易ではなかったのである。1967年のシボレーカマロイェンコ

 そうした滑りやすいバイアスタイヤで、カーブを曲がるにしても、うっかりアクセルペダルを踏みすぎればスピンしかねない。タイヤに踏ん張らせようとしても、そこまでサスペンションの機能を活かしきれない状態でもあった。

 そうした時代に、ドイツには速度無制限のアウトバーンが建設され、そこで生まれたフォルクスワーゲンのタイプ1(通称ビートル)が、あの姿で、後輪駆動であった理由は、後ろのエンジンでバイアスタイヤに荷重を与え、グリップを高めるためだ。フォルクスワーゲン タイプ1

 前輪側には運転者が乗るので、それで前輪のグリップと前後重量配分が整えられる。そののち、そのエンジンを活かしたポルシェ356というスポーツカーも誕生するのである。ポルシェ356

 今日、100馬力以上のエンジン性能を簡単に高速で走らせたり、カーブで無理やり曲げてみたりすることは、車体剛性の向上と、姿勢安定の電子制御、そしてラジアルタイヤの進歩のおかげといえるのである。

元の投稿: Auto Messe Web
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